難聴は理解されない?聴覚障がい者が苦しめられる根本的な原因に迫る

どうも難聴ブロガーのなんちです(^o^)

今回は「難聴が理解されにくい理由」というテーマでお話していきます。

一般的に理解されにくい障がいとして知られる「難聴」。このブログをご覧になっている人の多くは、自身の「聞こえの悪さ」を理解してもらえず、人間関係に苦しんだり、仕事が長続きしなかったり、孤独感を感じている人も少なくないでしょう。

ではなぜ「難聴」は理解されないにくいのでしょうか。そして理解されない障がいは「難聴」だけなのでしょうか。

「聴覚障がい者」も「その他の人」も暮らしやすい社会を実現するにあたり、聴覚障がい者が苦しめられているその「根本的な原因」を追究しなければ、その実現は不可能です。その原因を「持論」を交えつつご紹介します!!

なぜ「難聴」は理解されない?

①見た目では分からない

一番大きな理由として挙げられるのは「見た目」では分かりにくいことです。補聴器をしていたり、「耳マーク」等で自身の難聴をアピールしないかぎり、多くの人は普通に接してきます。

これは難聴に限ったことではありません。例えば、「片目が見えない人」「ADHDを持っている人」など、これらも「見た目」では非常に分かりにくい障がいとして知られており、多くの人が苦労されております。

カミングアウトも大切ですが、「見た目」では分かりにくいことから、時の経過とともに忘れていく人や、「片耳難聴」の場合、左右どちらの耳が悪いのか分からなくなる人も少なくありません。また「初めて会う人」「取引先の人」などなかなかカミングアウトしにくい場面も多くありますよね。

社会的要因

思いやりに欠ける社会

障がいの有無に関わらず、現在の社会では「他人への思いやり」が欠けていることです。これは片耳難聴者である私が社会にでてから一番強く感じたことでり、真実ではないかなと思います。

決して一人ひとりの「思いやり」や「性格」が悪いわけではありません。むしろ良い人が大半だと思っています。

しかし、資本主義の日本では「競争社会」「公益重視」などという言葉からも分かるように、一人ひとりが家族・地位・お金のために他人と競争しながら毎日必死で仕事や勉学に励んでいます。

もちろん全ての会社・学校・地域がそうではありませんが、目まぐるしい速さで変わっていく社会。

あらゆる方向から飛び込んでくる情報の規模の大きさという背景が「聞き返した時の冷たい対応」を生み出しているのかもしれません。

③教育の不十分

そして最後は教育の問題です。日本の義務教育では「障がい」について学ぶ機会はあまりありません。「道徳」や「保健」などの際に少しかじる程度でしょう。

高校や大学等で「福祉・障がい」を専門に学ぶ人を除いては「障がい」に対して無知のまま社会に出ると言っても過言ではありません。

難聴の「聴こえ方」は人それぞれです。知識さえあれば対応できるというほど単純なモノではありません。しかし、教育を通じて「障がい」に対する根本的な考え方・捉え方を見直す必要はあるのではないでしょうか。

世の中には様々な病気・障がいを抱えている人がいます。全ての病気を理解することは容易なことではありません。テレビなどの媒体を通じて学ぶのも効果的かもしれませんね。

最後になんちの一言!

難聴になって十数年。難聴が理解されにくいのは痛い程感じています。

そして、この先何度もそういう場面に遭遇すると思うと怖さもありますよね。

しかし、これから何十年と続いていく人生。難聴で苦しんでいる人・そしてこれからの人も暮らしやすい世の中を実現していくためには、この根本的な原因を解決していかなければなりません。

難しいのは百も承知。しかし難聴である私たちが声を上げていかなければ実現不可能。頑張っていきましょう!

それでは次回またお会いしましょう!
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