「難聴」との向き合い方 相手への過度な期待は絶対にやめよう!

どうも難聴ブロガーのなんちです(*^-^*)

今回は「難聴への理解に対し相手への過度な期待はやめよう」というテーマでお話していきます。

このブログは私の好きな本の一つである「アドラー心理学 嫌われる勇気」の内容を参考にしています。極論ともいえる内容ですので人によっては共感度が低いかもしれませんが、考え方は「難聴との向き合い方」以外にも使えるので知っておいて損はありません。

ではなぜ相手への過度な期待はやめた方が良いのか。結論から言うと、自分自身を苦しめ続けるだけだからです。

日常生活における「難聴」が引き起こす問題の大半はコミュニケーション時です。そしてこれらを解決するには家族や友人・同僚を含め周囲の人々の協力がなければ不可能です。

しかし、過去の私が特にそうでしたが「難聴者」の多くが過度な期待のあまり、周囲の人の「難聴への理解」の乏しさに不満を抱いているのです。

難聴と伝えているのだから、「もっとゆっくり話してほしい」「マスクを外して話してほしい」「席位置を考えてほしい」と期待してしまいます。

しかしそれとは相反する出来事があったとき、ついつい「相手の難聴への理解」の乏しさにイライラしてしまうことでしょう。(過去の私にも言い聞かせています)

しかしながら、相手の価値観・考え方・行動をコントロールすることは不可能と言われています。

難聴への理解が一般的に低いとされているのは過去のブログでもお伝えしている通り、社会的な要因が強いと思われますが、それを個人に期待したところで、それに対して向き合ってくれるかどうかは相手次第なので、こちらが期待することではありません。コントロールすることのできない相手の行動を期待していても、心配や不安が付きまとうだけです。

アドラー心理学ではこれを「課題の分離」と表現しています。

簡単に言うと、「自分のコントロールできることのみに全力を注ぎ、コントロールできないことは考えるのをやめよう」ということです。

(例)馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない。

(意味)馬に水を飲ませたいと思ったとき、馬を水のあるところまで連れて行くことは、自分の課題として可能であるが、実際に馬がそこで水を飲むかどうかについては、馬の問題であり、そこはコントロールできないということです。

「難聴」をカミングアウトし「難聴の特徴」「配慮してほしいこと」を適切に伝えるなど、こちらがなすべき行動をしているのであれば、相手がどのような「配慮」「理解」をしてくれるかは相手の課題なので期待するのはやめましょう。

一見、言うことだけ言って他人任せのように感じるかもしれませんが、相手の課題を自分が考えたところで現状何も変わりません。それよりもカミングアウト時に相手がしてくれたら嬉しい配慮や行動を分かりやすく伝えるなど、自分ができる課題のみに注目しましょう!

もし、世の中に対し「難聴」への理解をもっと広めたいのであれば、個人に期待するのではなく「難聴」に対し理解のある社会づくりをしていくことが大切です。

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最後になんちの一言!

今回は私が「難聴」との向き合い方で大切にしている考え方をご紹介しました。

実際にやってみると非常に難しいのが分かります。特に「難聴」の問題は考え方を変えるだけで解決するような簡単なものではありませんから。

しかし過度な期待は自分を苦しめることになります。自分の課題・相手の課題は分けて考えましょう!

それでは次回またお会いしましょう!
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